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京柱峠:徳島県三好郡東祖谷村/高知県長岡郡大豊町(標高1120m)。昔は祖谷地方の南の入り口であった。
落合峠:徳島県三好郡東祖谷村(標高1519m)。秋にはススキの大原野が見られる。
桟敷峠:徳島県三好郡三加茂町/東祖谷村(標高1021m)。祖谷地方と吉野川縦谷平地とを結ぶ。

京柱峠というのは、いったいどこにあるのだろうと思っていた。雑誌で見かける、あの美しい峠の写真、見事な峠の標。
この峠が四国にあると知ってからは、自分にはまず越えられない峠だと諦めていた。
しかし、今回四国を巡ることになり、ずっと心に抱いていたこの峠をついに訪れる機会を得た。
四国の最も険しい所とされる祖谷地方。深い谷と急峻な山岳。高知と徳島にまたがるこの京柱峠は、東日本の峠越えではなかなか味わえない、本当に「美しい峠」であった。

今年の夏のツーリングは、初日、二日目こそ天気に恵まれたが、三日目からは雨にたたられた。四日目はまったく走ることができず、大歩危、かずら橋の観光、ケーブルカーで行く祖谷渓温泉で過ごした。
早く走りたい、早く京柱峠へ行ってみたい。そんな気持ちを抱きながら五日目を迎えた。予定が一日短縮された影響で、この日思い切ったプランを立てることになった。
本来、二日かけて周回するつもりであった、京柱峠、落合峠を一日で走ってしまおうと考えた。この先の天候も安心できず、チャンスは今日しかなかった。
合計標高差は、なんと2100mに達する。今の自分の体力では、丸々二日を要する驚愕のプランニングだ。

果たして、無事に帰ってこれるだろうか。
自分にとっては、ツールの山岳ステージ、それもカテゴリー超級のステージに匹敵する。
その不安を解消するには、早めに走り出すしか方法がなかった。後は、歩いてでも、押してでも、ひたすら前へ進めば何とかなるだろうと勇気付けた。
京柱峠へ至る道筋は、美しく、静かで、そしてなんとも味のある、最高の「ツーリズム」の世界だ。時速7kmの心地よい登り勾配、ひたすら一本の道を辿り続ける峠越え本来の味わい。そして、国道の標識に記された峠までの距離が、峠への期待を徐々に高めていく。
走り始めて約3時間、標高差900mを気持ちよく登り詰め、とうとうあの京柱峠へ到着した。

本当に美しい峠である。
「絵」になる、うっとりするほど綺麗な峠である。
そして、感動を味わえる峠である。
峠を数々越えてきたが、こんな思いをしたことはこれまでにない。登りの苦しさも、つらさも、そしてこの後の不安もすべて忘れさせてくれる。
「京柱峠 土佐の国 ようこそ大豊町へ」と記された、おなじみの標の向こうに、今登ってきた道筋がかすかに読み取れる。豊かな緑に覆われた山々が、陽を浴びて一段と美しい。そして、なんとも言えぬ心地よい風が峠を吹き抜ける。

峠には、なんと茶屋があり、ビールも、簡単な食事も取ることができる。これで下っておしまいということであれば、この眺めをしばらく味わいたいところだが、まだまだ前半戦。悔しいけれど小一時間で宴会を切り上げ、気を引き締め直す。
下りは快適なワインディングロードを600m一気に下る。下りきると、もうすでに一日のツーリングを終えたほどの満足感と疲労感だ。
休憩を兼ねて、再度後半の予定を確認する。改めて残りの標高差を計算してみて、やはり2100mという標高差は驚異の世界だと痛感する。もう、足はかなり出来上がっている。これからさらに1000m以上登らなければならない事実に恐ろしくなってきた。

落合峠の登りは、距離が短い分勾配がきつい。辛かったのは前半の500の登りだ。最初こそ頑張って乗っていたが、いよいよ足が悲鳴をあげてきて、後半はほとんど押しの状態になった。
ボトルの水が徐々に少なくなっていくが、周囲は水場が豊富なので助かる。登りも半分を過ぎ、残り400になると気分も楽になる。後は、時間の問題だ。
しかし、よく頑張った。本当によく登った。これほど長い時間登ったことは初めてだ。頼りは、高度計だけだった。少しづつ、少しづつ増えていく高度。あと300、あと200、そして100。そして、ついに落合峠が見えてきた。
歩いて峠越えでは情けない、最後は何とか乗ってやろうとサドルに跨る。16:15 長い長い登りが終わった。

落合峠は熊笹に覆われた、広々とした峠だ。京柱峠とは雰囲気も全く違う。峠からは瀬戸内海が見えると、通り過ぎた車の人が言っていたが、残念ながら雲が多く、確認することができなかった。
最後のビールで乾杯し、ここまでの苦労を癒す。もう体力的には限界で、これ以上1mたりとも登ることはできないほど全身は疲れきっていた。しかし、ゆっくりしているほど時間はなかった。
下りに入る。
この落合峠からの下りはかなりスリリングだ。狭い道幅、新しい路面、きつい勾配、きついコーナーということで、かなりのテクニックを要求される。

あまり無理をすると、車と激突となりかねない。ただし、度胸とテクニックがあれば、疲れを吹き飛ばす豪快なダウンヒルをたっぷり満喫できる。
下りの途中では、野生のイノシシ親子5頭が現れ、こちらに驚き、イノシシを先頭に、しばらく一緒にダウンヒルを楽しむ、なんてことも経験した。
もう、これ以上何もいらない。二つの峠と、ダウンヒルを堪能し、後は温泉と美味しい食事にありつきたい。そう願っていた・・・
だが、このプランニング、やはりただでは終わらなかった。疲れ果てた体に止めをさしたのは最後の峠、桟敷峠だった。150m程度の登りだから、どうにでもなるだろうと甘く見ていたが、もうペダルを漕ぐ力はどこにも残っていなかった。

迫る夕暮れに追われ、あせる気持ちとどうにもならない体に不安が襲い掛かる。
果たして、帰れるか? 温泉は? 食事は? 列車は?
悩んでいても仕方がない、とにかく急ぐしかない。ここで日没に見舞われたら最悪の事態をむかえてしまう。食料もほとんどない。
どうにもならない体にムチを打って、歩いた。
「ああ、つらい・・」「なんて過酷なんだ・・」「もう歩けましぇん・・」と泣き言を言いながらも、ハンドルバーに寄りかかりながら峠を目指す。 最後は、本当にやけくそで歩いていた。もう、ツーリズムの世界はとっくに消え去り、サバイバル状態だった。
18:10 最後のピークにヨロヨロとたどり着いた。
危険な時間だった。ぎりぎり間に合った。

すでに走行距離は65kmに達し、この時間から1000m下るダウンヒルだ。どこまで走っても、どこまで登っても、一向にゴールが見えない。下界にかすかに街が見える。あそこまで下りきればとりあえず安心だ。峠の雰囲気を味わう暇もなく、すぐに下りにかかる。
桟敷峠の下り、これはかつて経験したことのないほど完成度の高い下りだ。勾配といい、道幅といい、長さといい、自分の下りはこんなに速かったか、と思わせるほどハイスピードのダウンヒルだ。2車線の完全舗装路が現れてからは、もう世界GP並みの高速コーナーリングをいやというほど楽しめる。
どんなに疲れた体でも、この下りで必ず蘇るはずだ。いやあ、とにかく凄い、ここのダウンヒル! 絶賛!! ・・・
・・・駅に着けば何とかなるはずだった。

ビールで喉を潤し、ローカル線の輪行を楽しんで車に戻り、温泉で汗を流す予定だった。ところが、まだまだこれで終わりではなかった。
19:00 三加茂駅到着。走り始めて11時間。走行距離85km。
全身、汗まみれ。空腹。疲労困憊。衰弱。
無人駅。明かりも、店も、人の姿もない。
まず、時刻表を確認し、食料確保に駅の周辺を走り回る。しかし、何もない。誰かに聞こうにも誰も見当たらない。列車の時刻が刻々と迫る。そして、ようやく酒屋を発見し、ビールとつまみを手に入れ、大急ぎで分解する。「ああ、いったい、いつになったら楽になるのだろう・・・」
手を洗うことも、汗を拭うこともできず乗り込む。そして車掌がやってきた・・・

「どちらまで行かれます?」
「豊永まで・・・」
すると、車掌さん、時刻表を調べ始め、しばし沈黙。
どうした?、豊永の駅がわからないのか? 教えてあげようか?
「豊永までは、もう行けません。列車がありません。」
「えっ! 何ですって!」 そんなばかな、まだ8時前だぞ。いくらローカル線だって、最終は10時頃まであるはずだ。と、思っていた。しかし、事実だった。なんと、大歩危までしか戻れないのである。
たまげた。ここまできて、こんな仕打ちを受けるとは・・・
時刻表を確認しておかなかったのは確かに失敗だったが、それにしてもこの時刻で最終とは・・・
選択肢は2つしかなかった。
1.大歩危駅から走る。 2.大歩危駅からタクシーで戻る。

どちらも厳しい選択だった。組み立てる時間、残された体力、食料。タクシーを呼ぶにも、あの寂しい大歩危駅はすでに真っ暗なはず。電話で呼ぶったて、電話があるのか? 携帯は通じるのか? 第一、電話番号は?
まあ、駅についてから考えよう。最後の最後は走るしかない。
小歩危駅を過ぎ、とうとう車内は自分ひとりになってしまった。さあ、大歩危駅、万が一でもいいから、タクシーがこの最終を待っていてくれ・・・という期待は、当然のように打ち砕かれた。
駅前は、予想通り真っ暗。民家も、店も明かりが消され静まり返っている。さすが秘境だ、なんて感心している場合ではない。タクシー、タクシーと周囲を見渡すと、公衆電話の横にタクシー会社の案内を発見。すぐに携帯で電話すると、眠そうな人が出てくれて、すぐに来てくれるとのこと。

「ああ、これで車に戻れる・・・」 ようやく大きなため息が漏れた。救いのタクシーを待つ間、一人ベンチに座って今日一日を振り返る。あまりに長い一日なので、前半の京柱峠が昨日のことのように思えてくる。疲れすぎて、思考能力も散漫だ。
しばらくしてタクシーがやって来た。自転車があるなんて言っていなかったので、「そりゃ乗らないよ!」なんていうものだから、「いや、こうすれば後ろのシートに入りますから」と、強引に乗り込む。
運転手は、京柱峠と落合峠を一日で、それも自転車で越えたと知って、何度も、何度も、「信じられない!、本当に凄い!!」と驚愕していた。
21:30 とうとう車に戻ってきた。満天の星空が自分を迎えてくれた。車には何も食料はなかった。移動する元気も、運転する気力もなく、すぐに横になった。もう、何も欲しいものはなかった・・・


