
車坂峠:長野県小諸市/群馬県吾妻郡嬬恋村(標高1968m)
上州と信州を結ぶ峠で、現在は林道高峰線が通る。峠付近は高峰高原ともいわれ、ツツジ・スズラン・ワラビなどの群落がある。展望が良い。
角間峠:長野県小県郡真田町/群馬県吾妻郡嬬恋村(標高1804m)
角間山と湯ノ丸山の鞍部。東斜面は鹿沢高原となる。

今年の秋、最高の快晴に恵まれた2日間となった。
早朝に東京を離れ、3時間で真田温泉に着いた。
初日のコースは、鳥居峠を越え、田代湖へ下り、そこから車坂峠までの登りというハードコースだ。
合計標高差、約1400mという我々にとってはツールの山岳ステージ並みのコースだ。
日没の早いこの季節、早々と走り出す。
今回は2日分の食料を抱えているから、いつも以上に自転車が重い。
20年以上も前に訪れた鳥居峠への道はすっかり変わっていた。
交通量も増え、道幅も広くなった。峠までは国道をひたすら走ることになる。

冬支度をしてきたが、あまりの天気のよさに大汗をかく羽目になった。
しかし木陰に入れば、その空気の冷たさ。日差しは強いが、気温はわずかしかない。
重いビールをここで1本片づける。汗をかいているだけに冷たいビールが格別だ。
早朝からこんなにうまいビールが飲めるのは自転車ならではだ。
鳥居峠へは意外と苦労した。
足慣らし程度と考えていたのだが、やはり700も登るとなるとそれなりに足にくる。
峠の周囲はすっかり変わってしまった。唯一、鳥居峠と刻まれた立派な石碑だけが昔を思い出させてくれる。
国道から分岐し、ようやく静寂の世界が訪れる。

いきなり高原の中へ飛び出る。
キャベツ畑が広がる広大な中を、広々した農道を下っていく。広く奇麗な路面は最高のダウンヒルだ。
誰もいない。風もない。秋色に染まった山々。雲一つない青空。暖かい日差し。
田代湖の見える畑で昼にする。車坂峠への登りを考え、許された時間は1時間。
苦労して持ってきた豊富なつまみを広げ出す。
寒い時期にはやはり鍋がいい。今回のメインはもつ鍋だ。
いつもなら、これで終わりという疲労感だが、本日はこれからがメイン。
さらにここから700登ると思うと、さすがに緊張してくる。あの真弓峠の悪夢がよみがえってくる。遅くなることを予想して、宿に携帯で連絡を入れる。

車坂への長い登りが始まった。
通常、車坂峠へはこのルートはあまり使わない。地蔵峠から湯ノ丸高峰林道を経由して行くか、小諸方面からチェリーパークラインを行くのが一般的だ。
標高1400mまでは舗装が続くが、その先はいよいよダートが現れる。小さな玉石を敷き詰めたダートであるが、38Bのタイヤでもグリップ力がなく苦労する。
前半戦の疲労が出てきたのか、見た目以上に勾配がきつく感じる。いよいよ乗れなくなってくる。
たいした林道には感じないのだが、歩いてもほとんどスピードに差がないことを考えると7〜8%はありそうだ。
逆にこの下りはMTBでかっ飛ぶには最適だ。時間に余裕が無いため、休憩もそこそこに歩く。高度計を見ながらの格闘になった。辛く長い登りだった。かなりの汗をかき、体力を消耗した。やはり1400の登りはすごかった。

日没直前でたどり着いた。目の前に広がる大パノラマに、空がオレンジ色に染まり、感動的なシーンを見せていた。
高峰高原ホテルは豪華なホテルだった。
見事な料理、見事なもてなし、そして見事な眺め。星が本当にきれいだ。
風呂からも大展望が見渡せる。食事は洋食で、皆ワインなどを飲んでいるが、この体にはただひたすらビールしかなく、温泉旅館とはまた違った雰囲気にとまどうものの、疲れきった体に最高の贅沢を与えてくれた。
翌日も晴れ渡った。早朝の車坂峠からは、富士山を始め南アルプス、佐久地方の山々が見渡せる。

車坂峠を後にして地蔵峠へと向かう。
昨日と違って、朝から車が多く、その巻き上げる砂埃が辛い。
高峰温泉を過ぎ、100m登り返す。この登りも結構つらく、ほとんど歩いて池の平へ出る。
標高2000mに広がるこの湿原は、晩秋の静かな姿を見せてくれる。
木道を歩いて湿原の散策に行く。池にはすでに薄氷が張っていて、冬の訪れを感じさせる。
地蔵峠まで下る。ここもすっかり様変わりしてしまった。変わらず残っていたのはお地蔵様だけであった。
軽い食事をとろうと思ったが、どこも休み。そのまま旧鹿沢温泉を目指す。
気持ちよく下っていくと、民宿・食事の看板。ここで腹ごしらえをしておく。

地図を眺めていると、ちょうどここから角間峠へ至るルートが分岐していることに気づく。
詳しい話を聞くと、1時間ほどで峠へ行けるらしい。旧鹿沢温泉から登るより楽だ。しかし、峠を越え、角間温泉へ抜けるという人はほとんどいないらしい。
缶ビールを仕入れ、ゲートを抜けスキー場へ出る。誰もいない静かな林道を進む。
ふと気がつくと、ダートの中に、MTBのタイヤ跡らしきものを見つける。タイヤ跡の痕跡からして、間違いなく自転車。それも今日付いたものだ。むむ、まさかこんな所誰もこないだろうと思っていたが、先客がいたか。
ふわふわの芝の中を歩いていく。階段が現れる。
降りてきたハイカーに様子を聞くと、峠はすぐだが階段が続くらしい。

しばらく担いだりして進むと、牛止めの柵にでくわす。
自転車がなければなんともない柵だが、コの字型に作られた柵を通過するのに苦労する。
鹿沢温泉からの道と合流した後は乗車可能な山道に変わる。熊笹の緑が鮮やかな中、もうひと頑張りで角間峠に出る。
もっと苦労するものかと思っていたが、あっけなく峠に出てしまった。
広く、明るい峠は静かで、訪れる人は誰もいなかった。展望は効かないが角間山と湯ノ丸山の鞍部に位置する峠は、角間温泉へと下る道と交差する、峠らしい雰囲気を感じさせる。
峠越えに備えて腹ごしらえをしてきたのだが、それも必要なかった。
この先はもうほとんど食料も必要ないので、のんびりとつまみを取り出す。

風もない、誰もいない静かな峠に、ガスストーブの音だけが響き渡る。
缶詰を暖め、再びもつ鍋を味わう。幸せな瞬間だ。
見上げれば、澄み渡る青空に向かって、枝を広げる木々。その色といい形といい、冬の訪れを真近にしたその美しさを見せている。
できればこの芝の上で、のんびりと昼寝をしたい気分だ。大地にひっくり返り、大空を見ながら昼寝できたら、さぞかし気分のいいことだろう。
いよいよ日が傾き始めた。風が冷たくなり、早く下山しなさいよと山の神が言っている。秋の日の午後は本当に短い。
いよいよ角間峠を下る時間がやってきた。防寒対策をして山道を下り始める。

下り始めは、道幅もそこそこあって楽しく下ることができる。しかし、すぐに熊笹が行く手を阻むように生い茂ってくる。
しだいに下が見えないぐらいに覆われ、バリバリ音を立てながら降りていく。
路面には枯れ枝が転がっており、運悪く乗り上げたりすれば、簡単にフロントをもっていかれる。
転がっても転落するほどの所ではないが、無傷では済みそうもないので慎重に路面を見極める。
地図にあるようにタイトターンが連続し、とてもじゃないがランドナーでは乗車不可能。
フラットハンドルでも、かなりのテクニックがないとクリアすることはできない。
路面を見て乗車を試みるが、無理をすればすぐに転倒しそうなその状況に、乗ったり降りたりの連続となる。

やがて、崩落個所に出くわす。
この崩落は行く前から情報を得ていたが、実際の現場はかなり危険な状況になっていた。
長さ約20mに渡って崩れ落ちており、下は50m程の高低さで崩れている。
足場は砂地で、ほとんどグリップしてくれない。わずかに踏み跡が残されているが、踏み入れるとずるずると崩れてしまうという状況だ。
周囲には掴める木々はまったくなく、もし足を滑らせたら、間違いなく真っさかさまに転落する。
空身で越えるのでさえ緊張するのに、ここを自転車を担いで渡るというのは、かつてないほど緊張する。
バランスを崩さぬよう、ペダルが斜面に当たらぬよう、確かなグリップを得てから足を踏み出そう、下を見ず、前を見よう、色々と自分に言い聞かせながら一歩一歩足を運ぶ。そして自転車を降ろせた時、身震いがした。

その後も乗車率はほとんど上がらない。
地面には大きな石も現われ始め、ますます転倒の危険が高まってくる。
倒木やら、葉っぱ、小枝等がホイールにからまり、異音が耳に入れば取り除き、またサドルにまたがり、段差があれば降りるといった状態がしばらく続く。
MTBの極太タイヤで、ヘルメット、プロテクター完全装備であればもっと下りを楽しめるだろうが、38Bにガードも、トウクリップもついた自転車ではまるで役に立たない。
赤茶色の沢を何度か渡ると、ようやく山道も安定してくる。
角間渓谷沿いに、遅い紅葉を楽しみながら下ると角間温泉に飛び出る。
上田在住のサイクリストに角間越えの談義をした後、車のデポ地まで快適に下る。
すっかり冷え切った体を、真田温泉で温める。
露天に浸かりながら、この2日間を振り返る。思わずため息が出てくる。充実した晩秋ツーリングであった。
