長野県木曾郡王滝村/岐阜県恵那郡加子母村(標高1479m)
明治の末に国鉄中央本線が開通するまで、御嶽山登山や物資の輸送に利用された。
一帯は木曾ヒノキを産する国有林の一部で、岐阜側は裏木曾県立自然公園に指定されている。


「旅立ち」

輪行ツーリングが久しぶりだった。徹のTOEIが完成して初のツーリングとなった。コースは何とか行ってみたいと思っていた、真弓・白巣峠である。十分な時間とメンバーが揃わないと実行できないプランであった。

中央線経由がとれず、妙高で長野回りとなった。宿も列車もすべて予約済み。問題は天候のみという準備段階では問題がなくパーフェクトであった。

出発の夜から雨になった。天気予報では、明日の午前中まで雨模様。少々不安の残る出発となった。久しぶりの輪行、重装備、そして雨。駅まで車を出す始末となった。はちきれそうな輪行袋。何キロあるかわからない重量。とにかく重かった。

電車の中も久し振りなもので落着かない。珍しそうに見る乗客。こちらもその視線が久し振りだった。上野でベンジャと一緒になった。準備万全のベンジャはでかいリュックを背負っていた。久し振りの感覚と復活の姿を目にして、心は弾んでいた。さっそくビールを仕入れホームへ。少しして徹登場。3人が揃うのは本当に懐かしい。その姿、皆変わらない。

「復活」

妙高は空いていた。3連休なのに意外であった。発車が23:55分。時間も無いのですぐに宴会の始まり。つまみのオンパレード。つまみの豊富さに呆れる。心地よくビールをのみ、六十里、八十里の話に花が咲く。今回のツーリングもまた新たな1ページとして記憶されるだろう。

高崎で例によってモルツの追加となった。時間が無いのは承知の上だが、寝るには惜しい一時だった。横になったのは2時頃だろうか。飲みすぎて、そして眠くて倒れるように横になった。長野着4:18分。2時間寝れただろうか。もうろうとしながら降りる。乗り換えまで待合室で休む。仮眠するにはベンチが悪い。徹は段ボールを見つけてきて床に横になった。

 

長野−木曽福島間は、特急しなの。満員である。今度こそ仮眠をと思ったが、電車小僧のおかげでまたまた睡眠不足。とうとうろくに眠れずに木曽福島となった。

天候は小雨。この中を走らねばと思うと気が重い。改札では駅員が手回り品のみに気を取られ、乗り越し料金を忘れている。いっこうに気がつかないのでそのままサヨナラ。約2000円のラッキー。しかし、これが後でバチが当たったのではないか…

「プロローグ」

組み立てる。組んでみないとどうも不安。それにこの荷物。どうやって収めるか。これまでリュックを使う事はなかったが、どうにも収まらず、フロント、リア、そしてリュックとなった。

皆同様の装備。特にベンジャは登山でもするかのボリューム。 組み終わる頃には何とついてることか、雨が上がった。空も明るく回復の兆し。何もかもが我々に味方してくれているようだった。9時頃走り出す。しばらくは長いアプローチだ。すぐに酒屋でビールを仕入れる。御岳湖を目指し国道を行く。標高差は100ぐらいしかなく、峠への入り口までは軽い足慣らしとふんでいた。

天気は急回復し、日差しが暑く半袖・短パンで充分という状況だった。徹は新しいTOEIのせいか、ギヤ比が合わないのか、快調に飛ばす。ベンジャは荷物のおかげで遅れがち。御岳湖で休んだ時にはかなり足にきていた。ここで徹得意のトラブルその1。なんとギヤ板のネジが締まっていない。さらにストロングライト5ピンの一つがなくなっている。その上スパナが合わない。リングがきしむと思っていたらこのありさまになっていた。しかたなく、プライヤ2本で締める。そして適当なネジでクランクは止める。先行き不安なネタが一つ発生。初乗りはとかくこうしたトラブルが出やすい。御岳湖の南側を快調に走る。ほぼ平坦な道だが、距離的にじわじわと足にくる。

 

 

 

「やすらぎ…」

 

仕入れたビールを飲むタイミングがなく王滝の村へやってきた。この先いよいよ峠へのアタックであるが、高度差、距離を計算すると1:30までにランチタイムという事に決定。 ビールを求め村をさまよい、ナベ、ニラ、えのきを買い足し、村の保育園でランチタイムとなる。のどかな昼下がり、慌ただしさも騒音も無いこの村で穏やかな時間が流れていた。

食料がありすぎ、さらに買い足したおかげでいくらも軽量化になっていない。時間があればこの場で、しばらくは飲んでいられるという天国の状態であった。これで本日は温泉となれば適度な初日のポタリングとなったのだが…

 

「遅れ」

 

いよいよ林道へ。こちら側の林道はまだ走れる状態が続く。しかし勾配はそこそこある。身軽な身であれば、ローローで登って行ける。100メートル20分計算でいけそう。川沿いに登っていく。目標1450メートル。高度計との戦いが始まった。前半の200でかなり状況は悪くなっていた。物凄いエネルギーの消費量。額から汗が止まらない。汗が滴れ眼鏡に落ちる。乗ったり、降りたりの繰り返し。ボトルの水が減っていく。徹は例のギヤ板が再び悪化。

踏込むとチェーンが外れるという始末。ベンジャの遅れは決定的となった。

 

ほとんど歩きの状態となっている。途中、ベンジャを待つ。こない。

睡眠不足で意識もうろうとしている中、このハードな登り。少し寝れば元気になる事はわかっていたが、その時間が無い。

いよいよ時間が危なくなってきた。ベンジャを待つ間、林道に倒れ仮眠する。10分、15分、20分。来ない。遅い。遅すぎる。何かあったのか。

いつものペースからは相当遅い。そう思っているとようやく現れた。かなりの消耗状態。徹はその先でコーヒーを沸かしていた。

「過ち」

半分は過ぎた。高度計が少しずつ少しずつ上がっていく。5m、10m、15m。それとともに汗が流れ続けた。日没との勝負だった。日のあるうちに下りたい。それさえできれば、まだ安心だった。谷が深くなっていく。1100、1200を越え、いよいよ残り100となる。100をきれば、もう後は気合で行ける。白い道が下の方へ続き、登ってきた後がうかがえる。峠らしい、林道らしいこの光景。久し振りの本格ツーリング。余裕があればそんな気分に酔っていただろう。

川の音が小さくなって暫くして、いよいよ1450に到着。分岐があるはずと思い走り続ける。一個所、左カーブで右へ行く道らしき物が見えた。しかし、道には見えない。切り通しになっていて、空が見える。ちょとした広場かと思った。

ゲートのような、進入禁止のような封鎖があり、また道の状態からもこれが分岐とはまさか思わなかった。立ち止まりもせずに通り過ぎた事が、その状況を物語る。後の徹も同じように通り過ぎた。

 

林道は次第に谷を巻くように、そして今登ってきた道が対岸に見えるようになってきた。

「おかしい」。

10分ぐらい走ってからそう思いはじめた。現在地はどこだろう。高度計からはもう十分な高さ。しかし、分岐はなかった。「いや、まだこの先だ」。次のコーナー、次のコーナーと思いつつ、いくらか緩くなった勾配を進んでいく。

時刻は5時を回り、夕闇が確実に近づいていた。さらに対岸の道が真正面に見えるようになった。 疑問にかられながら、しばらく行くとついに分岐が現れた。

やっと来たか、と思ったものの、どうもおかしい。分岐の仕方、周囲の状況、そしてコンパスで方向を確認してみると東に進んでいる。我々の道は南の方角なのに。ここで初めてさっきの道が真弓峠だったと気づく。参った。この場におよんで道を間違えるとは…

「焦り」

かなりのタイムロス。もう夕焼けが空を覆い、いまにも闇が迫って来る気配だった。さらにガスが出てきて周囲は急に見えなくなってきた。

焦った。この山頂に18:00。これから700下って、さらに130の登り。信じられない状況だった。宿へ連絡を入れたい。しかし手段が無い。携帯があれば…と思ったものの、この山中では役にたたないだろう。この先の行動に不安があると同時に、宿への連絡が気になって仕方なかった。

 

急いで分岐まで下った。

結構あった。かれこれ約1時間のロスだった。これが最大の敗因だった。この1時間がなければ、2時間以上早く着けた…

真弓峠の切り通しは確かにそこにあった。ゲートを越えてみれば、その先にちゃんとした林道が走っている。

どうして確認しに行かなかったのだろう、と悔やんでしまう。時間が無かった。とにかく追われていた。迫り来る闇に追いかけられながらのダウンヒルとなった。

 

「地獄」

ダウンヒル。それは普通、登りへの苦労を癒してくれる、快適で、豪快で、速いものであった。当然ある程度のスピードアップ、快適さを期待していた。しかし、この下りはまさに地獄であった。

いよいよ薄暗くなり、まだ何とかライト無しで下れる状態の中、我々は荒れ果てた林道に大苦戦していた。大きな岩のかたまり、段差のある路面、浮いた小石。リムが折れるようなその荒れた林道。ブレーキングしながら、まともに走れない林道にスピードもろくに上がらない。中腰、半乗り、いつ転倒するかわからないライディング。まあ、とにかくひどい路面だった。それでも闇を前に先を急ぐ。しかし、それも無駄な努力だった。間もなく暗黒の世界に突入した。

「暗黒の世界」

 

無灯で頑張っていたベンジャもついに立ち止まる。各自ライトを点け始める。自分のライトがまず明るさを保つ。徹は、スコープライトとダイナモ。ベンジャはMTBのライトがうまくハンドルにセットできず無灯でついてくる。

ついにこんな状況になってしまった。まだ100mしか下っていない。登りも時間がかかるが、下りもかなりの時間がかかっている。明かりがなくなったら最後、もうダメである。

今後の予定を推測するに、9〜10時という線がが出てくる。果たして、その時間に宿についてどうなるのか。宿から家へ電話が入っているのでは…推測は複雑だった。

100m下るのが本当に長かった。握力がなくなり、何度となく止まる。喉が乾く。水が減っていく。乗れないところはほとんど押して下る。その方が速いし安全だった。暗闇の中でライトの灯かりだけを見ていると、時々幻想にだまされる。光を浴びた岩の影が動く動物にみえる。ハッとして止まるとそれはただの影のいたずら。また、黒い影が水溜まりと思い近づくと、それは林道と谷との境目だった…。そんな、光と影に惑わされながら慎重に降りていく。

「あきらめ」

ベンジャも徹も、軽い転倒を繰り返し下っていく。電池が徐々に弱っていく。最高の明るさを誇っていた自分のライトが消えていく。頼りは徹のダイナモになった。徹を先頭に、その広がる光の輪に従いついて行く。かなりの時間が経っていた。もう安易な考えは通用しなくなっていた。

 

唯一救われた事は、空腹ではなかった事だ。この場に及んで誰も空腹感はなかった。さらに、食料は豊富に持っていた。2日分の食料は貯えていた。ビールまで持っていた。もしビバークしても、条件的には不安はなかった。

誰もが最悪の事態、ビバークを考えただろう。しかし、まだ可能性は充分残っている。このまま慎重に降りれば、10時近くには到達できそうであった。

そんな最悪の事態の中で、我々にほっとさせてくれたのが満天の星空だった。暗黒の中で立ち止まり、空を見上げると、未だかつて見たことの無い星の数。あまりに多すぎて驚くばかり。 追い込まれた境遇の中でふと我に戻れる貴重な時間を与えてくれる。こんな景色が見られるなんて幸せだと思う気持ちが持てるだけ、まだ冷静でいられた。

 

「明かり」

700まで下れば一安心だった。この700の下り、本当に辛く長いものだった。時々止まってはライトに高度計を当てて確認する。2/3来た。あと少し。あと100。あと50。もうすぐ分岐があるはずだ。「頼む…」。

あった。分岐が来た。高度計は見事だった。8時頃だったろうか。ここから宿まで130の登り。路面は格段によくなり乗って行ける。といってもスピードは6〜7`。あと何`あるのか、何分かかるのか予測できない。

周囲には全く他の光は無かった。完璧に我々のみである。月明かりも無い。星の光では路面を照らしてくれない。橋を一つ二つ渡る。緩やかな勾配をじりじりと行く。暫くして、林道の向こうから車のライトが。久し振りに見る他の物体。何か、もう救いを求めたい気持ちであった。

車は何と自分の前で停まった。何を聞かれるのか考えていた。常識的に考えて「どうしたんですか。こんな時間に…」と、聞かれるだろうと。

運転手、止まると窓を開け、

「高須さん?」

「そ、そう!」

運転手、大きく息をした後、

「真弓越えかあ…」

「もう、料理無いかもしれないで…、さっきまで待っていたんだけど…」

「とりあえず宿に連絡しとくから…」「もう少しだから頑張って」

「生還」

救われた。肩の力が一気に抜けた。心の中はすでに遭難していた。ただ、無心で前に進んでいた。それだけに、この2つ3つの会話でどっと安心感が広がった。もう大丈夫だ。我々の存在は確認された。宿には着ける。しかし、まだそこから先もかなりあった。自力で走りきるしか手が無かった。

案内板が多くなってきても、それを読むだけの明かりがすでになかった。橋をまた渡り、明かりが見えてきた。渡合キャンプ場である。ついに着いた。この奥に温泉がある。もう、心は余裕があった。焦り、緊張、そして安堵。 もう、喉はカラカラであった。

たどり着いた所はキャンプ場受け付けだった。まだ宿ではなかった。宿はこの先300メートルという。受け付けの人も、昔サイクリストだったらしく、我々の行動を聞いて話が弾む。宿の10時消灯に備え、電池を仕入れる。もう、リーチであった。が、ここから目と鼻の先の宿がわからなかった。

やたら、テントの明かりがあるものだから、どれが一軒宿だかわからない。キャンプサイトをこの夜中に自転車3人が走り回り、くつろいでいるキャンパーに見られ不思議がられもした。しかし、わからない。あまりにも広いキャンプ場で、宿がわからない。

挙句、30分もさまよっただろうか、ようやく宿の主人の照らす懐中電灯に誘導されて宿に着いた。10時直前だった。

「ランプの宿」

「遅くなって申し訳ありません」と、言った気がする。

「自転車で来るなんて聞いてなかったもんで…」と、答えたような。

ろくに話す気力もなかった。

長すぎた。とにかく長かった。こんな、肉体的にも、精神的にもハードな一日は生まれて初めてだった。

荷物をはずし中へ入る。10時消灯は知っていたから、もう何もできないと思っていた。ところが、宿には連絡が入っていたおかげで、食事も用意され風呂にも入れるという。何はともあれ風呂に入ってくれという。もう、湯を抜かねばならないという。横になる間もなく風呂に直行する。ここまで来てもあわただしい時が流れる。それもしかたなかった。

噂の風呂は、木の香りの漂うぬくもりのある風呂だった。二つの湯船があり、昔ながらの木のふた。湯に浸かると思わすため息が一つ二つ出た。気持ちのいい、そして生きた心地のする瞬間だった。全身汗まみれの体からようやく解放された。

 

すぐに家に電話した。案の定、家には連絡が入っており、心配の極致。事情を十分に説明できる10円玉もなく、無事である事を伝えて切れてしまったが、かなり心配させてしまった。その電話の声に、今にも泣き出しそうな表情が浮かんでみえた。

部屋に戻ると、隣部屋に食事の用意がされている。何も無いかと思っていたが、何とまともな夕食が揃っている。全く、頭が下がる思いである。時間も遅いだけに宿の人は、勝手にやってくださいとの事。

片づけは明日やるとの事。こちらもその方が助かる。ビールは好きなだけ飲んでくれとの事。

 

ようやく人間らしい時が訪れ、しばし我に戻るのに時間がかかる。疲れも加わって、皆言葉が少ない。

ビールだけがすすむ。水分が不足していた。とにかく水分を求めていた。

そろそろ、灯かりも消えランプになるという。落ち着いてみれば、何とも味のある宿。歴史と暖かみのあるいい宿だ。ビールを2本ずつ2回取りに行く。酔わない。水のように体の中に流れて行く。

体の中は、未だ活発に活動していて、食べているそばからエネルギーを消費している感じだった。

さすがに12時近くになると体力の限界だった。睡眠不足、過労を越えた「衰弱」、そしてビール。起きている方が辛かった。夜もだいぶ冷えてきた。熱く燃えていた体も、ようやく休息の時になった。徹が倒れ、ベンジャが倒れ、そして全員落ちるように眠りに入った。

 

「衰弱」

二度と目が覚めないのではないかと思うほどの衰弱しきった体であったが、やはりサイクリストである。二日目も6時に目覚めた。さすがに全身の疲労感はすごく、動くに動けない状態である。できれば、このままずっと横になったいたかった。

今日は体を休めたいと思うほど体中の機能が麻痺していた。こんな3人であったが、朝飯は例によっておひつをお代わりするほどの食欲だった。一体我々の体は今どうなっているのだろうと、自分でも分からなくなるほどの生理的状態であった。

湯飲みをつかむ握力が無い。急須を持ち上げられない。首、肩、上半身が麻痺している。とにかく手に力が入らない。箸さえ、煙草でさえ重く感じる。こんなになるまで疲れる事ができるんだとこの時初めて思った。この疲労感が極限に近いものかと感じられた。

 

全身疲労と闘いながらも良く食べた。

今日の予定は、もう昨日の段階から当然中止になっていた。皆無言のうちに了解していた。もう、今日はのんびりしよう、昨日一日でもうたくさんという感じだった。

そんな雰囲気だったものだから、かなりゆっくりとした出発となった。

また、風呂に入り、散乱していた荷物を片づけ、横になり、宿を出たのは10時過ぎ。今日はまたいい天気。元気な身なら、早いうちに出て、この恵まれた自然の中で林道を走り、予定通り走っていた事だろう。

「快適な林道」

 

キャンパー達だろうか、午前中からここの風呂目当てに入りに来る。次から次と人気。すぐに順番待ち。あれだけ飲んで食って1万3000円。文句の無い名湯である。

気温も高くまるで夏のよう。自転車にセッティングしているだけで汗が出る。予定も無いし、とりあえずビール。

今日の計画を立てる。このまま下呂へ向かっても、よくよく調べると30`以上。まあ、そこそこ遊んで早めに下呂に着いて温泉か? なんてプランだった。

昼間に周囲を改めて見渡すと、かなり大きなキャンプ場。そして、テントの数。秘境を求めてかなり賑わっている。そんな華やいだ中を我々は静かに走り出した。昨夜、気力を振り絞ってきたこの道を、今日はゆるく下って行く。まさしく天国と地獄。これが昨日の道かと思える程素晴らしい林道。付知川に沿って続くこの道は、ランドナーのためにあると思えるような快適なダートだった。

 

水量が豊富なこの渓谷、立派な滝、渓谷美。なかなかいいところだ。

かなり人気のあるところなのだろう。渡合方面へ向かってかなりの車が登って行く。昨日、無人地帯を通ってきた我々には信じられないような「渋滞」だった。

暫くは快適なダウンヒルに魅了された。適度なコーナリングといい、最高スピードといい、ダウンヒルの魅力はコンパクトに整っていた。

暑かった。気温が上がり、夏スタイルで充分だ。 走り出して、いくらか筋肉もほぐれだしてきた。すると、懲りずにまた悪い虫がよみがえってきた。国道沿いに実線がある。池もあるし、今日はランチタイムを楽しむかという事になる。下呂までの距離から、二時間ほどは何とかなりそうであった。

 

「悪夢、再び」

時間も昼を回り、あれだけ食べた朝食もだいぶ消化されてきた。さっそく、ビールの仕込みである。酒屋を求めて走る。徹が匂いで探し当てる。130登り、いい汗かいてのランチ…の予定だった。

いきなり厳しい登りが待っていた。実線じゃしかたない。しかし、次第に真弓峠並みのひどい路面。ちょっと勘弁してくれ、今日はこれはもういいよ。ま、130じゃ我慢するか。

ますますひどくなる。誰も通らないような路面。そこでふと気づく。道が違う。

 

また、分岐を間違えた。どうにも、25000でも載っていない分岐が多く、つい新しい方へ行ってしまう。すぐに戻り修正。何かいやな気配が…。おとなしく走ってランチタイムをゆっくりと、と思いはじめる。

池に出る。本当にただの池。ビールが冷たいうちにと思ったが、ピークを見てからという事で先へ行く。再び分岐。また載っていない。徹の判断で左へ。これが結果的にまた間違い。この2度の間違いはかなりのダメージ。道は広く、新しく、てっきりこれが本線かと思う。この先工事中とあったが、いつものように無視。日差しは暑く、また昨日並みの汗の量に。ベンジャが遅れる。徹はしきりに地図を見る。どうせあとわずかの登りだからと、汗を滴らしながらかせぐ。

 

ようやくピークらしきものが見えた。やっと…と思った瞬間、唖然とした。 ピークの先は工事中。それも山に直撃している。「道が無い」。全く無い。これから掘ろうとしている。たまげた。と同時に笑った。山なのである、目の前は…。怒る気もなかった。記念に現場写真を撮ってきた。

徹とベンジャは、ピークまで登る元気も無く、下でこちらを見ている。だめだという状況を聞いて、またまた落胆。かなりの時間と、体力を無駄にしてしまった。またまた、時間に追われる状況になりかねなかった。 もう、あきらめた。池に戻って国道への最短のコースへ変更する。欲張って今日もちょっとした走りを求めたのが良くなかった。おとなしくしていればよかった。

ビールが飲みたくて仕方なかった。我慢できず、林道途中でやりだす。ベンジャは汗でシャツの色が変わっていた。多少ぬるくなっていたが、うまかった、このビールは。しゃけ大根をつまみに、このあきれたツーリングに話が弾む。ルートが戻った事で余裕ができ、昨日のような悲惨さはない。 後は、下呂まで走るだけだった。

「舞台峠の登り」

いよいよ、今回のツーリングもフィナーレとなってきた。トンネルを抜け、適度に下る。下呂へはピークがひとつあった。宿の人も、確かそんなことを言っていた。確かに地図上にピークがある。しかし、峠の名前はない。特に気にはしていなかった。

ところがこの登り、思った以上にやっかいだった。国道なもので、歩道をじりじりと行くのだが、暑さと直線道路、そしてかったるい勾配のおかげで超スローペース。最後になって再度大汗をかく破目になった。たいした標高差ではないものの、ペースの上がらない登りに苦戦する。ベンジャが遅れだし、何度か休みを入れようやくピークへ。バス停には「舞台峠」の看板が何気に置いてあった。もっと立派なものが立っていれば、まだ許せたのだが…。

 

「帰路」

下呂に着いたら温泉はいって帰ろうと思っていたが、結局時間がなく、気力もなく、一服となった。到着の乾杯。ようやくほっとする。走行距離44`だった。二日間で約100`の走りだった。久し振りの我々には、距離だけでも充分なのに、その内容からすれば、過去最高にハードなものであった。 フィナーレはまだまだこれからだ。分解し、ビール、つまみを買い込み、これからがまた楽しい時間となる。あまりにも、多くの出来事が起きすぎると、昨日の事がもっと前に起きたような錯覚に陥る。この二日間は、1週間も旅に出ていたような、そんな印象を与えてくた。

一歩間違えば、最悪ビバーク状態になっていたかもしれない。笑って済ませられない事になっていたかもしれない。危険な状況は至る所にあった。いま、こうして思い出に浸れるのも、何もなく無事であったからだ。

判断を迫られる場面が、本当に多かった。しかし、結果として間違いはかなりあったが、その後の対応が適切だった。焦りはあったが、それでも冷静な判断ができた。これも、百戦錬磨のつわものの集まりだからだ。経験不足のメンバーでは、どうなっていたかわからない。

今回のツーリングは、第1級の内容に満足していると同時に、反省すべき点が多かった事でも本当に思い出に残るものとなった。危機管理への対応力、最悪状態を考慮した装備、プランニングにしても、読図力にしても、そして、体力にしても考えさせられる点はいろいろあった。

ベンジャは新横浜で降りた。満足そうな笑顔を残して新幹線は動き出した。写真、ビデオが楽しみだった。次回のプランが頭に浮かんできた。

徹と東京駅で別れた。重い輪行袋が肩にずっしりと食い込み、最後の力を振り絞って家に辿り着いた。

体は疲れていたが、十分な満足感が心には広がっていた。

@所要時間:13時間1分 走行距離:57.08km 最高速度:45km
A所要時間:5時間22分 走行距離:44.49km 最高速度:68km